海外へ行ってすぐに思い描いた結果が出るほど甘くはない

ひらのたけし自伝

こんにちは、ひらのたけしです。

なんのためにメルボルンへ来たのかを再確認することができました。 憧れのバンドBodyjarのギターリストとして加入を目指してメルボルンへ来たぼくですが、その希望は叶わず、自分のBodyjarに対する熱量も冷めてしまいました。でも、自分の目的に気づくことができました。それは、ステージの上でギターを弾くということです。 ここまでが前回のストーリーになります。

勇気や自信が持てないことを英語のせいしちゃダメ

メルボルンへ来て、大きな大きな目標を失った後の自分自身の行動は、すべてが疑心暗鬼なものでした。「英語が話せなくても俺はギターが弾ける」という確信のない自信も影を潜め、英語が話せないから小さく纏まった自己主張しか出来ていませんでした。日本人コミュニティーの中では元気はつらつですが、外国人の中だと影が薄い存在に留まっていました。そう、英語が話せないことでコミュニケーションを取ることにめちゃビビっていたんです

海外生活のあるある体験だと思います。

日々の生活は、日本食材を配達するドライバーをしながら、mach pelicanのローディー、そして合間お見て現地で加入メンバーや新規バンド結成のメンバー探しに奮闘していました。でもバンドメンバーは、なかなか見つからない。

ワーキングホリデーの総括、そして継続の決断

仕事して、メルボルンの音楽シーンを見ながら、バンドメンバーを探すルーティーンが、ぼくのワーキングホリデーの1年間でした。 結局、1年では自分の思い描いた成果を成し遂げることはできず、悩んだ末に出した答えは、学生ビザを取得し、メルボルンでの音楽活動を頑張る。という決断でした。 「このまま日本へ帰れない、なんたってかっこ悪過ぎ」って思いが大きかったことを今でも覚えています。

つづく

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