英語が話せるようになってから海外へ行くの?それはあなたのサジ加減。

ひらのたけし自伝

こんにちはひらのたけしです。

音楽専門学校で彼女も作らず3年間ひたすらギターを弾きまくった末に、ようやくどんな状況・環境・ジャンルでも勝負できるとこまで来ました。

バンド加入の直談判のために行動した3年間

専門学校卒業したら、オーストラリアのメルボルンへ行き、Bodyjarというバンドにバンド加入の直談判する。そのために、彼らの曲は全曲覚えました。「この曲弾いてくれ」と言われたシュチュエーションを想定して、なんども、なんども自宅でイメトレ。

メルボルンへ行くことを決心してから3年間、渡航費はピザ屋のバイトで100万円貯め、とりあえずワーキングホリーデーのビザを取得。1年間の滞在ビザだったけど、日本に帰る気はまったく無く、メルボルンで骨を埋める覚悟を決めた。

メルボルンで1ヶ月ホームステイする場所は偶然、専門学校でのツテで見つかったので、後は行くだけ。

学校でのギター練習とバンド加入の為の訓練を終え、いよいよメルボルンへ向かう日がきた。

ひとつ特化したものがあればそれで十分戦える

目的は憧れのバンドBodyjarのメンバーになってギターを弾くこと。これがメインテーマなので、英語の勉強は皆無。今考えたら、メンバーとのコミュニケーションは大事。って、思うけど、当時の僕はギターさえ弾ければ問題ないと100%確信していた。

当時の僕の語学力は酷かった。yestadayとtomorrowの区別が付かなかった。中学、高校と英語の授業はあったけど、さっぱりな成績でお粗末なものでした。

ほんとうに「俺、ギター弾けるからかかって来いや」と思い渡豪しました。

3年前に一枚のCDを友達の家で聴いて、そこから「こんな音楽がしたい、このバンドのメンバーになりたい」と思いこの日がとうとうやって来た。

勉強ダメで、特に取り柄のない僕が3年ギター弾きまくって見つけた

英語が話せなくても海外へ行く。

だれも空港の税関で英語のテストしないし、英語が話せるようになるまで海外へ行かないのは誰のさじ加減なのか?結局、楽しみの後伸ばしだ。

やりたいことあるなら前に進もう。

つづく

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