体験し経験するから得るものがある。言葉が話せなくても指差してパンは買える。

ひらのたけし自伝

こんにちはひらのたけしです。

英語もろくにできないのに、「好きなバンドに入る」ことを目的にオーストラリアにホームステイしに来ました。 そんなぼくのメルボルン滞在記です。

言葉がわからないから、楽しいんだと思う。

メルボルンでの生活が始まり、バスに乗るのも、電車に乗るのも苦労する毎日。切符の買い方が分からなかったり、買い物も狙いどおり出来なかったりと、幼稚園児のような生活ぶりがとても刺激的だったことを覚えている。なにをするにもアタフタする。英語もろくに話せないのでご飯が買えない。そんな生活が最高に楽しい。

日本だと、当たり前のようにバスに乗れるし、電車にも乗れる。行き先を心配することもなく生活ができる。食事だって好きなものを間違わずに選んで食べることができる。

一歩一歩の前進が目に見える変化を生む

当時のメルボルン市内には日本でおなじみの大丸があり。毎日、ホストハウスからバスと電車を乗り継ぐこと40分、市内へ出ては大丸のパン屋さんでお昼を買っていました。

日本系のデパートだけども、日本のようなデパ地下があるわけではなく、少し日本の商品が揃えている感じで、店舗は現地のお店が並んでいました。

いつも大丸のパン屋さんでお昼を購入していたのには、ワケがあります。それは、このパン屋さんで初めて買い物をして買えたので、ここ以外で購入する勇気がなかったんです。

毎日食べていたパンは一斤のレーズンパン。  よく考えると一斤は大きいですよね、レーズンパンは今でも好きなパンでよく食べます。でも、なぜ、ぼくが毎日一斤のレーズンパンをが購入していたのでしょうか。

パンを買う時、レーズンパンを指さすんですが、「サイズはどうするの?、スライスするの?」って英語で聞かれても、ぼくはまったく理解していませんでした。ぼくは首を縦に振りYesと答えるばかり。ほんとうに何もわかってないw。 そして、一斤のレーズンパンがスライスされず、いつも四角い箱みたいなパンが出てきました。

毎日、四角い一斤のパンを手でちぎりながらベンチに座って、パクパク食べてたのを思い出すと、「当時の俺、楽しんでんな」って、笑えます。

本当に英語で買い物するのが怖かったんです。それでも同じものを2週間ほど購入していると、ある日「スライスしますか?」って英語がわかったんです。

その日から、スライスされた一斤のレーズンパンを買えるようになりました。そして体験を通して初めて英語がわかった瞬間でもありました。

 

つづく

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